日穏-bion-の主宰者、岩瀬晶子が日々思うことなど綴ってます。
さて、色々事情があり、ロンドンから随分時間がかかりましたが(^^;)、お次はハンガリー。

4月下旬に最高気温7℃という寒~いロンドンから、30℃近くのブダペストに行き、すっかりバカンス気分♪

ブダペストは、ドナウの宝石と呼ばれる美しい街です。

ツイッターでも書きましたが、元々はドナウ川を挟んで「ブダ」と「ペスト」という別々の街でした。
それが橋の建設によって一つになったそうです。

では、ちょっと歴史のお勉強。

ハンガリー王国は1000年にイシュトバーン1世によって樹立されました。
それから、13世紀にはモンゴル軍の来襲を受け、16世紀にはオスマン帝国の支配下に入り、17世紀末に解放されるものの、その後ハプスブルク家やオーストリアの絶対主義支配下に入って、1867年にはオーストリア=ハンガリー帝国が誕生。
国土の3分の2を失った第1次世界大戦後、国王不在のハンガリー王国が復活するものの、右翼急進主義によってナチス・ドイツに接近。第2次世界大戦では枢軸国として参戦したけれど、停戦工作を行おうとしてドイツ軍に占領されてしまう。
戦後、王政が廃止され、ハンガリー人民共和国が成立。旧ソ連の影響下に入る。

1956年には急進的な学生たちの集会がきっかけとなって全国規模で民衆達が蜂起するが、ただちにソ連軍に鎮圧されてしまう。
後に「ハンガリー動乱」と呼ばれるこの事件では、市民約2万人が殺害され、20万人以上もの人々が難民となって国外に逃亡したそうです。

しかし、1980年代には再び民主化への動きが強まり、1989年、「汎ヨーロッパ・ピクニック」と銘打った集会を開催してオーストリアとの国境を開放。これによって1000人程の東ドイツ市民が国境を越えて西側に行く事が出来たそうで、この動きが11月のベルリンの壁崩に繋がって、冷戦が終わる事になるのです。

現在は「ハンガリー共和国」として、NATOやEUの加盟国となっています。

基本情報を入手したところで、先ずはブダ地区にある王宮の丘にお出掛け。

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最初にここに王宮を建てたのは、ハンガリー王ベーラ4世。といっても、現在残っている王宮は1950年に改築されたもの。
今は美術館や博物館として利用されています。
この国立美術館がとてもよかった!
世界的に有名な画家の絵があるわけではないけれど、当時のハンガリーの生活の様子なども垣間見る事ができるし、空いてたからのんびり楽しみました。

こちらは、マーチャーシュ教会

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陶磁器で有名なジョルナイ製のカラフルな屋根が青空に映えて綺麗!ちょっとクロアチアにあるザグレブの教会に似てた。
でも、中はあいにく改装中・・・。

16世紀なかばにトルコに占領されてモスクに改装され、その後17世紀に再びカトリック教会になり、第二次世界大戦時には大打撃を受けるなど、歴史に翻弄されてきた教会。どんな風に世の中の移り変わりを見てきたんだろう。

「漁夫の砦」から

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砦と言っても、ここは戦いに使われたものではなく、町の美化計画の一環として建てられたそうな。
ここからはペスト地区を一望できます。

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それから聖イシュトヴァーン大聖堂へ

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ここには、初代ハンガリー国王・聖イシュトヴァーンの右手のミイラがある。遺体から失われていた右手がトランシルヴァニアで発見され、1771年にハンガリーに帰ってきたんだそうです。なんで右手だけ持っていかれちゃったんだろう・・・。

大聖堂の中。
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実はこの日の夜、クラシックのコンサートがありました。
パイプオルガン、トランペットそしてメゾソプラノ歌手による演奏会。とーっても素敵!
しかも、私が大好きな曲ばかり演奏してくれるので、本当に泣きそうになったよぉ。

特に、バッハ&グノーとカッチーニ、それぞれのアヴェ・マリアは良かったなぁ。

聖堂の荘厳な雰囲気の中、高いドームに反響する美しいメロディが全身を包み込むように浸透してきて、細胞が活性化したのか、ビリビリ反応してました。

ちょいと長くなったので、次に続きます。


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【2012/05/10 01:01】 | 未分類
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