日穏-bion-の主宰者、岩瀬晶子が日々思うことなど綴ってます。
岩手に来て3日目。この日もまた中国人グループと共に、大槌町の避難所で炊き出ししてきました。




朝6時半から、宿泊している遠野市の施設で仕込みを始め、それから1時間半かけて避難所へ。

途中の道には、信じられない光景が広がっていました。

テレビや新聞では見てたけど、実際見るとただただ唖然としてしまいます。

ほぼ2ヶ月経ってもなお、ほとんど手付かずの状態で放置されてるという感じ…。(これについては、また後ほど詳しく書きます。)

避難所の近くに住んでいるおばあちゃん達の話によると、まさかここまで津波が来るなんて、誰も思っていなかったそうです。

確かに、海からは随分離れてるのに、津波が川を登ってきたんですね。

被災したおばあちゃんがポツリと言った言葉が痛かった・・・
「みんな命日が一緒なんだよ。お寺も流されちゃったのに、どうすんだろう。」

何て言っていいのか分かりませんでした・・・。

私に出来ることは、ほんのつかの間でも皆さんに笑顔になって貰うこと!

この日は前日より更にパワーアップして、倍以上の餃子約1700個作りました。
慣れてきたとはいえ、かなりの量です。
皮の作り方も教わり、せっせとひたすら餃子作り。




この日は風もほとんどなく、気温も穏やかで、外の広場では自衛隊による物資の配布や演奏会が行われていたため、避難所以外に住んでる被災者の皆さんにも沢山手作り餃子を提供しました。

本場仕込みの水餃子は大好評!

避難所に生活する方には、「なかなか温かい食べ物は食べられないので嬉しい」と、喜んで頂きました。

避難所での生活も2ヶ月が経とうとしています。
相当なストレスがたまり、やる気も無くなってる事でしょう。

私は、数日間体育館で寝泊まりしただけでも、隣の人の激しいイビキに悩まされたり、余震にびくびくしたりしました。
プライバシーの全くない空間での生活がどんなに大変な事か…。
皆さん、とても疲れた様子でした。

同じ避難所にいても、家がなんとか無事だった人もいれば、全て流されてしまった人もいる。家族がみんな助かった人もいれば、亡くしてしまった人もいる・・・

色んな事情や複雑な気持ちが渦巻いていて、単純に一緒に頑張ろうとはいかないでしょう。

食事も自分達で作れるようになって欲しいと、避難所で料理できる環境も整えているようですが、住んでる人たちからしたら、自分たちだけの分を作るわけにもいかず、かといって200人分なんてとても作れない・・・という事情で、配給に頼らなければならないのが現状のようです。

私たちにできることは、一過性のごく限られた事しかないので、とても歯痒いのですが、少しでも被災者の皆さんが普通の生活に戻れるよう、祈るばかりです。




「加油」と書いて「ジャーユー」と読み、「頑張れ!」という意味だそうです。

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【2011/05/08 01:25】 | 未分類
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