日穏-bion-の主宰者、岩瀬晶子が日々思うことなど綴ってます。
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昨日、無事に父の葬儀が終わり、荼毘に付しました。

自分の中では大きな出来事でも、世界はいつも通り、何も変わらず動いている事が少しばかり虚しかった・・・。

みんな知らないのだから当然の事なんだけど、舞台のお知らせや忘年会のお誘いなど、普段であれば喜んで読むメールがくる度に、『お願いだから今はやめて・・・』と心の中で叫びたくなります。

そんな中で、お悔やみのメールや弔電を頂いたり、葬儀場までわざわざ足を運んで下さった方々の暖かいお心遣いが何よりも心に沁みました。

とってもとっても嬉しかったです。

このブログにコメントしてくださった方々も含めて、本当にありがとうございました。

お葬式ってもちろん故人の為にやるのでしょうが、残された人たちを慰める場でもあるんでしょうね。

自分が経験してみて、初めてそういったことに気づきました。

私も友人の身近な人に不幸があった時、どんな言葉をかけたらいいのか悩んでいましたが、大切なのは言葉の内容ではなく、その思いやりの気持ちなんですよね。
とにかく誰かが想ってくれていると感じるだけで救われたりするものです・・・。


父が亡くなったのが水曜日の夜、その次の日にお通夜、翌日葬儀と続けざまにあったので、あたふたしている間に終わってしまい、今日になって色々思い返しています。

階段を上がって来る時、「んっんっんっ」と拍子をとるように発していた口癖。

とっても恥ずかしがり屋の父が、姉の結婚式で私とダンスを踊った時の照れくさそうな顔・・・

大晦日の夜、紅白が終わるやいなや、一緒に近くの二荒山神社まで初詣に行った事・・・。

お正月にはアメ横まで行って買って来たお刺身やお酒を得意そうに出してきて振舞ってたね・・・

・・・些細な事だけど、色んな想い出が蘇ってきます。


それから、学生時代に父が下宿していた家の娘さんが葬儀に来て下さり、またまた知られざる過去を教えてくれました。

昔から無口な所は変わらないようですが、真面目で思いやりがあって、頭が良く、いつも勉強を教えてくれる優しいお兄ちゃんのような人だったそうです。

(へぇ~)

本当に絵が上手かったらしく、父の描いた絵を何枚か貰って取っておいたんだとか・・・

(へぇ~、へぇ~)

ついでに、そのお宅が経営しているお店のロゴまで作ってあげたそうで・・・

(へぇ~、へぇ~、へぇ~)

絵を見るのが好きで、美術館に行っては分厚い本を買ってきてたのは覚えていますが、実際(右手が不自由になる前に)描いた絵なんて見たことないので、一度拝見したいものです。

もう60年も前のことをつい昨日のように話してくださるのに驚くと同時に、父はそのお宅で本当に可愛がって貰ってたんだな~と感じました。

若かりし頃の父に会ってみたいな・・・
結構いい男だったらしいですよ!

ちなみに私が子供の頃の父は、先代の貴乃花に似てました。(^^)


それにしても、お葬式って分からない事だらけですね。

伊丹十三監督の『お葬式』をもう一度見ておけば良かった・・・。

予め準備しておくような事でもないし、初めて見聞きする事が沢山あって、不思議の国のあき子って感じでした。

葬儀場のスタッフさんが色々指示してくださるのにただただ従って、ドンドン事が進んでいくだけ・・・。


まず、納棺の前に着せる死装束。『おくりびと』では納棺師が全て着せていましたが、今回は親族みんなで着せてあげました。

着物は左前に着せるというのは知っていましたが、足袋も左右逆に履かせるんですね。
なぜかしら・・・歩き難いじゃん!

それから、手甲、脚絆をつけ、胸には三途の川の渡し賃として、六文銭の入った頭陀袋をかけます。
六文銭と言っても、現代にそんなもの無いので、小銭の絵が描かれた紙が入っていました。
六文って、今で言えばいくらくらいだったんでしょうかねぇ・・・

そしてわらじを足元に、小さな傘を頭の上へ置き、左の手元に杖を添えます。

その後、みんなで布団ごと持ち上げてゆっくりと棺に納めます。

海外旅行が大好きだった父のために、以前父がアフリカで買って来た木彫りの置物も一緒に納めました。

ここでビックリしたのが、大人の男性が6人がかりでも相当重かった棺を、葬儀場のスタッフは、たった二人でひょいと持ち上げて運んでいったこと。

まるで手品のようでした。

遺体と大きなドライアイスと棺の重さを足したら、100キロ位あったと思います。
それを、細身の男性二人がまるでみかん箱を持ち上げるかのように軽々持ち上げたのには、唖然・・・

すごい、プロ根性です。

お通夜が終わり、親族にお酒とお食事を振るまい、みんなが帰った後は『寝ずの番』。
お線香の火が消えないように見張りをしなければいけません。
前日徹夜で側にいた兄は帰って、今日は私の番です。

その前の日もほとんど寝てなかったので、夜中の2時ごろが一番きつかったですね・・・

でも、棺に入れる手紙を書きながら父と色々話をできたので、とても有意義な時間でした。


夜が明けると、外には綺麗な青空が広がっていました。

今日はいよいよ葬儀。

お坊さんによるお経の後、焼香が終わり、最後のお別れをしてから、棺の中に想い出の品やお花を入れて蓋をします。

私も前夜に書いた手紙を入れて、言葉をかけました。

その後は、「釘打ちの儀」・・・親族が小石で棺のふたに釘を二度打ちつける儀式です。
小石は三途の川の石を意味していて、三途の川を無事に渡れるようにとの思いを込めて行うものなんだそうです。

そしてコートも荷物も取りに行く余裕もなく火葬場へ・・・

今年の三月にオープンしたという宇都宮の新しい火葬場は、なんとも豪華なつくり。

棺が炉に入っていく時も、まるでSF映画を見ているような感じでした。

でも・・・あの扉が閉まる瞬間は・・・辛かった・・・


火葬時間は約1時間半。終わったら拾骨をします。

お花の色素によって少し緑色になっている父の骨・・・
体力はかなり落ちていたと思いますが、しっかりした骨が残っていました。

それから二人一組となって、お箸で骨壷に遺骨を納めます。

その後会場をレストランに変えて、精進落とし・・・もともとは四十九日の忌明けに精進料理から通常の食事に戻すことを言うそうですが、現代の日本では四十九日間も精進料理だけ食べると言うのは不可能!という事で、その日のうちに早くもご馳走が食べられてしまうわけですね・・・。
うん、美味しかった。

久しぶりに会った親戚と父の思い出話などしながら、泣いたり笑ったり・・・

そんなこんなで、お通夜とお葬式は終わりました。

また1月9日に今度はホテルで社葬をするそうです。

沢山の方々に偲んでもらって、父は幸せですね。

無事、三途の川を渡ることが出来ますように・・・


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【2009/12/19 23:58】 | 未分類
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そうでした
りん♪りん♪
私も 母の葬儀の次の日は、娘の中間テストでした。
ゆっくり休もうとテストをあきらめ 欠席しましたが
追試もなく 悲惨な事に…
更に 主人は会社へ 学校
夏祭りと いつもと変わらない日常がそこにありました。

私の気持ちを汲み取って下さり 色々な方が声をかけて下さるのですが
違和感がありました。
悲しみにくれてばかりは いられないのです。
今でも、母が亡くなったとは思えないのです。そんな時に
友人が それが 生きる!!生きてる!!って事なんじゃないかと…言いました

そして
私の誕生日の日に
ようやく私を産み育ててくれた母は、もういないのだと実感し改めて
悲しいと思いました。

大変お辛いでしょうが…
お母様も心配です
これからも
お母様と 色々とお話をして下さい。

私事で長いコメントになってしまいました。失礼しました。


心からお悔やみ申し上げます
藤田智
お父様、大変残念でした。
心からお悔やみ申し上げます。
お体をいたわって、どうか来年は良い年にしてください。


ありがとうございます
あっこ
りん♪りん♪さん
どうもありがとうございます。
そうですね、自分の周りには普通の日常があるという事が不思議な感覚でした。
私も葬儀の次の日には東京に戻ってきて仕事しましたが、逆にその方が私の場合、家でボーっとしているより良かったです。
皆さんのお言葉も本当に嬉しくて、改めて友人、知人、そしてりん♪りん♪さんをはじめ、このブログを読んで下さっている方々のありがたさを感じました。改めて心から感謝します。

藤田さん
お久しぶりです!コメントありがとうございます。お元気ですか?
藤田さんも、どうぞ良いお年をお迎え下さい。


No title
nojjy
大変でしたね…
心からご冥福をお祈りします。。


No title
あっこ
nojjyさま
ありがとう!元気にしてる?JRの駅でよく見かけてたよ!

ありがとう
はり
身内は、特に親は、体の一部、だもの。
きっと今はまだ、体の細胞のバランスが不思議な感じになっていることと思います。
そんな中、舞台に足を運んでくれてありがとう。
もともと細いあっこちんが半分くらいに見えました。
私の父は大病してからまだ会話も出来ない状態だけど、生きていてくれるだけで、ありがたい、と思います。
あっこちんのパパに感謝。
パパがいて、あっこちんがいて、出会えたことに感謝。
ありがとう
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

No title
あっこ
ハリハリ、ありがとう、そしてお疲れ様でした。
年末年始はじっくり親孝行して来て下さいませ。
良いお年を~!

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コメント
この記事へのコメント
そうでした
私も 母の葬儀の次の日は、娘の中間テストでした。
ゆっくり休もうとテストをあきらめ 欠席しましたが
追試もなく 悲惨な事に…
更に 主人は会社へ 学校
夏祭りと いつもと変わらない日常がそこにありました。

私の気持ちを汲み取って下さり 色々な方が声をかけて下さるのですが
違和感がありました。
悲しみにくれてばかりは いられないのです。
今でも、母が亡くなったとは思えないのです。そんな時に
友人が それが 生きる!!生きてる!!って事なんじゃないかと…言いました

そして
私の誕生日の日に
ようやく私を産み育ててくれた母は、もういないのだと実感し改めて
悲しいと思いました。

大変お辛いでしょうが…
お母様も心配です
これからも
お母様と 色々とお話をして下さい。

私事で長いコメントになってしまいました。失礼しました。
2009/12/20(Sun) 16:17 | URL  | りん♪りん♪ #-[ 編集]
心からお悔やみ申し上げます
お父様、大変残念でした。
心からお悔やみ申し上げます。
お体をいたわって、どうか来年は良い年にしてください。
2009/12/25(Fri) 15:32 | URL  | 藤田智 #-[ 編集]
ありがとうございます
りん♪りん♪さん
どうもありがとうございます。
そうですね、自分の周りには普通の日常があるという事が不思議な感覚でした。
私も葬儀の次の日には東京に戻ってきて仕事しましたが、逆にその方が私の場合、家でボーっとしているより良かったです。
皆さんのお言葉も本当に嬉しくて、改めて友人、知人、そしてりん♪りん♪さんをはじめ、このブログを読んで下さっている方々のありがたさを感じました。改めて心から感謝します。

藤田さん
お久しぶりです!コメントありがとうございます。お元気ですか?
藤田さんも、どうぞ良いお年をお迎え下さい。
2009/12/26(Sat) 00:55 | URL  | あっこ #-[ 編集]
No title
大変でしたね…
心からご冥福をお祈りします。。
2009/12/27(Sun) 22:56 | URL  | nojjy #-[ 編集]
No title
nojjyさま
ありがとう!元気にしてる?JRの駅でよく見かけてたよ!
2009/12/28(Mon) 09:40 | URL  | あっこ #-[ 編集]
ありがとう
身内は、特に親は、体の一部、だもの。
きっと今はまだ、体の細胞のバランスが不思議な感じになっていることと思います。
そんな中、舞台に足を運んでくれてありがとう。
もともと細いあっこちんが半分くらいに見えました。
私の父は大病してからまだ会話も出来ない状態だけど、生きていてくれるだけで、ありがたい、と思います。
あっこちんのパパに感謝。
パパがいて、あっこちんがいて、出会えたことに感謝。
ありがとう
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
2009/12/30(Wed) 18:41 | URL  | はり #qbIq4rIg[ 編集]
No title
ハリハリ、ありがとう、そしてお疲れ様でした。
年末年始はじっくり親孝行して来て下さいませ。
良いお年を~!
2009/12/31(Thu) 11:42 | URL  | あっこ #-[ 編集]
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