日穏-bion-の主宰者、岩瀬晶子が日々思うことなど綴ってます。
母が亡くなって3週間経ちました。

お通夜を含めて三日間、葬儀場で母と一緒に昼夜を過ごし、14日月曜日に告別式と火葬を済ませました。



お通夜も告別式も母の友人やお世話になった方々のみならず、私の小中学時代の友人達が東京からも駆けつけてくれて、とても嬉しかったです。
それに、弔電、メール、Facebookのメッセージ・コメント等で皆さんからいただいた温かいお言葉がどれだけ励みになったか…

本当にありがとうございました。

そして改めて、母は良いお友達に恵まれて幸せだったなぁと思いました。



このウサギの人形は、母が赤ちゃんの頃から持っていたもの。
つまり、こちらも80歳!!

スヌーピーの方は、私達が子供の頃に母が乗っていた車にずっとぶら下がっていたもので、かなりボロボロですが気に入っていたようです。
二つとも一緒に棺に入れてあげました。
もちろん、氷川きよしの写真もね!(^_−)−☆

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先日たまたま目白に行く用事があり、山手線を降りて改札に向かう階段を登っていると、急に足が止まってしまいました。

今月6日、最後に母と会った時に待ち合わせたのが目白駅の改札だったので、なんだか階段を上がると母が待ってるような気がしたのです。

あの日、母は駅の近くにある馴染みのお煎餅屋さんに寄るために、待ち合わせより1時間も早く目白に着いていました。
でも残念ながらお煎餅屋さんはお休み。寒空の中、改札で立ったまま私のことを待っていました。
そんな事とはつゆ知らず、私は10分ほど遅れて到着。
「どこかに入って待ってて~」
なんて軽い気持ちでメールしたのですが、母世代の女性は一人でカフェやレストランに入るのが苦手な人が多い事を忘れてました。

ごめんなさい・・・

そして母からピーナッツを二袋もらいました。
「私、どっちかというとピーナッツよりアーモンドの方が好きなんだよなぁ」
と憎まれ口をたたく私。

その後、一緒に駅前のカフェに入り一息ついてから、花を買ってバスで祖父母のお寺へ。
お墓参りをした後、今度は地下鉄に乗って新宿まで行き、駅にあるレストランでお昼を食べました。

母と二人きりで外食した事なんてほぼ無かったので、私が初めてご馳走した食事。
母はビーフシチューを頼み、「美味しいわよ」などと言いながら食べていたけど、なんともフツーのお店でした。

そして食事が終わって宇都宮に帰る母を改札で見送ったのが最後でした。

何てことない日常、たわいもない会話・・・

もう二度と来ない時間なんですね。

思い出すだけで、後悔だらけ。

もっと早く駅に着けば良かった。
せっかく買ってきてくれたピーナッツ、もっと素直に喜べば良かった。
もっと豪華な食事をご馳走すれば良かった・・・

訃報を聞いた時、もしかしたら3日前東京に出てきて疲れたからじゃないだろうか・・・私のせいなんじゃないだろうか・・・
とずっと思ってました。

奇しくもテレビからは5年前の震災で家族を亡くした被災者のインタビューが流れており、未だに家族の死の責任を感じていると話していました。
どうしようもないと分かってはいても、後悔と自責の念が襲ってくる。

状況は違うものの、突然訪れる身近な人の死に関しては、皆同じような思いを抱くのかもしれません。
父の時は長い闘病の末だったので、家族も心の準備ができていたけど、母のようにあまりにも急だと感情がついていかないものなんですね。

訳もわからず、ただ涙がとめどなく流れていました。
ただでさえ花粉症で鼻水が止まらないというのに・・・(笑)



9日の昼、兄の子供のお宮参りの後、食事した時の写真をもらいました。
右端に立っているのが母です。
この日の夜に人知れずひっそりと息を引き取るなんて、誰も想像していなかった事でしょう。

もちろん本人も・・・



あの日もらったピーナッツ、少しずつ食べて、これだけになりました。
もう少しで食べ終わってしまいます。
母は、たまーにしか更新しないこのブログをいつも読んで、お友達にも宣伝してくれていたようです。
なので、本人に言えなかった代わりにここに書いておきます。

大変美味しゅうピーナッツでございました。
ありがとうね。
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【2016/03/16 18:43】 | 未分類
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今朝、兄から電話があり、母が亡くなったから帰ってきてくれと言われました。

えっ?えっ?嘘でしょ?

が私のリアクションでした。
というのも、つい5日前に会って元気な姿を見たばかりだったからです。

先週の土曜日、私はある人から「先祖のお墓参りには行った方が良いよ」と言われ、確かに東京にある母方の祖父母のお墓には長いこと行っていない事を反省し、12日ごろ行くつもりで場所を確認するために母に電話しました。
すると、「お寺は分かってもお墓の場所が分からないといけないから私も一緒に行こうか?」と言う母。
わざわざそのために宇都宮から東京に出て来てもらうのも悪いけど、母もしばらく行ってないというので、一緒に行く事にしました。
ただ、12日は都合が悪いとの事で、急だけど翌日の6日に行く事に…。
天気予報は雨だったので、雨が降ったらやめようと思っていたのですが、午前中は雨どころか晴れていたので、そのまま決行。

駅で待ち合わせして、バスに乗ってお寺に行きました。お墓の場所が分からないといけないからとついて来てくれたはずの母なのに場所が分からず(笑)、母の妹に電話し、弟の奥さんとも話しました。
無事見つけてお墓にご挨拶し、その後新宿駅でお昼を食べました。
いつも実家で会う時は兄たちが一緒だったので、母と二人きりでご飯を食べるなんて何年ぶりだったでしょう。
短い時間だったけど、色々話しました。
そしてその時、一番上の兄とデパートで偶然会ったと話していました。
同じ市に住んでいても、滅多にそんな偶然はなかったようで、びっくりしたと言っていました。

母は80歳という年齢の割には元気で、大きな病気や怪我で入院したり寝込んだりすることもありませんでした。
何でも食べるし、階段の昇り降りも問題なく、大好きな氷川きよしのコンサートを見に、東京だけでなく大阪や福岡まで行ってしまうような人で、今週土曜日も氷川君が出ているイベントがあるから東京に行くのよ!と嬉しそうに話していました。

一昨日の9日、すぐ上の兄の所に生まれた赤ちゃんのお宮参りがあり、母も一緒に神社に行き、その後みんなでお昼を食べたそうです。
それが終わって解散し、それぞれの家に帰宅した後、母は自宅で息を引き取ったようです。
様子がおかしいと気づいた兄が、今朝になって家に行ってみたところ、机に伏せてお昼寝でもしてるかのように亡くなっていたとか…。
苦しんだ様子もなく、本当に眠るように逝ったのでしょう。

虫の知らせとよく言いますが、この短期間で普段そんなに顔を合わせる事のない息子や娘と会い、東京に住む妹とも電話で話すことができたのは、何かがそうさせてくれたからなのかもしれません。

母は、10年近く介護していた父が亡くなってからの6年間、氷川君のコンサートだけでなく、お友達と出かけたり、随筆を書いて本に載せたり、私の舞台も観に来てくれたり、余生を満喫していたと思います。
そして、人に迷惑かけたくないと言っていた母の見事な最期!
あまりにも急で本人もびっくりしてると思いますが、母が望んでいた死に方だったのではないでしょうか。

若い頃は反発したり距離を置いたりしたこともあった私ですが、自分が大人になり、母が老いていくに従って、許し、分かり合えるようになっていきました。

いま流行りの育メンとは程遠い仕事人間だった父と4人の子供を育てるのは大変だったと思います。
今は感謝の気持ちでいっぱいです。

ママさん、お疲れ様でした。

そして

ありがとう。



追伸
このブログを母のお知り合いの方も読んでくださっていると聞きました。
急な事で連絡が行き届いていないと思いますので、ご報告も兼ねて記しておきます。
お通夜は13日、告別式は14日の朝になります。もし詳細がお知りになりたい方は、こちらにコメントいただくか、070-6519-7904までご連絡下さい。

【2016/03/12 03:00】 | 未分類
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My Sincerest Condolences
Takashi S.V.
ご無沙汰しております。

お母様がお亡くなりになったとのこと、さぞかしお辛いこととお察し致します。
心からお悔やみ申し上げます。

Please accept my sincerest condolences on the passing of your mother.

Write to you again,



Thanks
Kay
Takashi, thank you so much for your concern.
急な事でびっくりしています。

母もこのブログを楽しみにしていてくれていたので、きちんと続けなければと思っています。

まだ寒さが振り返したり、不安定なお天気が続いてますね。
お体に気をつけて!

承認待ちコメント
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m(_ _)m
松井 眞理子
御母堂様の御逝去の報に接し 心から御冥福を御祈り致します

山口玲奈 松井眞理子

Re: m(_ _)m
あっこ
山口さん、松井さん、コメントありがとうございます!
お心遣い、感謝します。

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